「夫が亡くなりました。自宅は私(妻)が相続しますが、そうすると預金まで相続する枠がなくなってしまい、これからの生活費が不安です…」
これまで、高齢の奥様がこういったジレンマを抱える事がありました。
この問題を解決するために、2020年(令和2年)から始まった制度が「配偶者居住権(はいぐうしゃきょじゅうけん)」です。 一言で言えば、「自宅の権利を分割して、安く住む権利だけを妻がもらう」制度です。
これにより、妻は自宅に住み続けながら、手元に多くの現金を残すことが可能になります。 さらに、将来の「二次相続(妻が亡くなった時)」においても、節税効果を発揮します。 この記事では、配偶者居住権の仕組みと、知っておくべきデメリットについて解説いたします。
1. 【結論】「住む権利」と「持つ権利」に分ける
これまで、不動産の所有権は「1つの塊」でした。 しかし、この制度を使うと、所有権を以下の2つに分離できます。
● 配偶者居住権(妻):
「死ぬまでタダで住んでいいですよ」という権利。
※所有権よりも評価額が安くなるのがポイントです。
● 負担付所有権(子供):
「妻が住んでいる間は自由に使えないけれど、名義上の所有者ですよ」という権利。
※将来、妻が亡くなったら完全な所有権に戻ります。
2. メリット①:老後資金(預金)を多く確保できる
具体的な数字で見ると、その効果は一目瞭然です。
【モデルケース】
・遺産総額:4,000万円(自宅2,000万円 + 預金2,000万円)
・相続人:妻、長男(2人)
・法定相続分:1/2ずつ(2,000万円ずつ)
A. 従来の方法(所有権を妻が相続)
・妻の取り分:自宅(2,000万円) + 預金(0円) = 2,000万円
・長男の取り分:預金(2,000万円)
→ 妻は家を守れましたが、手元の現金がゼロになります。
*もちろん遺産分割協議で円満に預金も妻が相続するという事も当然出来ますが、法定通りに分けた場合は上記の通りとなります。
B. 配偶者居住権を使った場合
自宅(2,000万円)を、居住権(1,000万円)と所有権(1,000万円)に分けます。
・妻の取り分:居住権(1,000万円) + 預金(1,000万円) = 2,000万円
・長男の取り分:所有権(1,000万円) + 預金(1,000万円) = 2,000万円
→ 妻は家に住み続けられる上に、老後資金として1,000万円の現金も確保できる事になります。
3. メリット②:「二次相続」での税金も節税出来る
もう一つのメリットは、将来妻が亡くなった時の「二次相続」です。
通常、妻が持っていた財産には相続税がかかります。 しかし、「配偶者居住権」は、妻の死亡と同時に消滅(ゼロになる)するため、相続税の対象になりません。
【富士・富士宮の実務メモ:「前妻の子」対策】
再婚家庭などの場合で、例えば前妻との間に子供がいると、父(被相続人)の家には後妻(現在の妻)が住んでいるという事が一般的です。
「前妻の子」としては、 父さんの遺産だから権利はある。でも、後妻さんが住んでいるので追い出すのは気が引ける。かといって、父の家は守りたいと考える場合もあるかと思います。
こういった場合でも「配偶者居住権」が役立ちます。
- 後妻: 住む権利(居住権)だけもらう。→ 安心して住める。
- 前妻の子: 家の名義(所有権)をもらう。→ 将来、家は自分のものになる。
双方が納得できる「落としどころ」として、こういった制度を活用する事が有効な場面があります。
4. デメリットと注意点(売れないリスク)
良いことづくめに見えますが、デメリットもあります。
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➀ 売却が困難になる:
妻は「住む権利」しか持っていないので、自分の一存で家を売ることはできません。 所有者である長男も、妻が住んでいる居住権付きの家を売ることは(事実上)できません。 「老人ホームに入る資金を作るために家を売りたい」と思った時に、権利関係が複雑になり、身動きが取れなくなるリスクがあります。 -
➁ 固定資産税は誰が払う?:
法律上、固定資産税の納税義務者は「所有者(長男)」ですが、実務上は「居住者(妻)」が負担するという取り決めをすることが一般的です。 ここを曖昧にすると、揉める原因となります。 -
➂ 登記が必要:
配偶者居住権は、口約束ではダメです。 建物に「配偶者居住権の設定登記」を行わなければなりません。 これには司法書士への報酬や登録免許税などのコストがかかります。
5. どうやって設定する?(遺言か協議か)
設定する方法は3つあります。
- 遺産分割協議: 相続人全員で話し合って決める。
- 遺言書: 夫が「妻に配偶者居住権を遺贈する」と書いておく。
- 家庭裁判所の審判: 揉めた場合に裁判所が決める。
まとめ
配偶者居住権は、「人生100年時代」において、妻の生活資金を守るための選択肢となります。 さらに、資産家にとっては「二次相続税の圧縮」としても機能します。 ただし、「一度設定すると売りにくい」という副作用もあるため、将来の施設入居や売却の可能性まで考慮して、慎重に設計する必要があります。
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この記事を書いた人:能登路 哲也
(のとじ税理士事務所所長 / 公認会計士・税理士)
富士市・富士宮市エリアで相続税申告・生前対策・事業承継を中心とした資産税業務に注力する専門家。一般的な相続手続きや生前対策はもちろん、複雑な税務案件にも精通。資産税のプロフェッショナルとして、地域のご家族一人ひとりの状況に寄り添った親身なサポートを大切にしております。

